レビュー その2
鈴木真子さんに続いて、先日の小金井Artfull Jackでの公演のレビューを高橋大助さんが書いてくださいました!
「ほうほう堂、街に出る。」
text :高橋大助 (國學院大学文学部准教授)
初期作品にして代表作「北北東に進む方法」を観れば明らかだが、ほうほう堂のふたりの所作は、次々と形を変える綾取りのようであり、その形が組み合わさって、劇場空間を満たしていく。二人の身体性に依拠したその小世界が繊細かつ緊密に織り上げられるのを観るたびに、彼女たちは舞台向きだ、と独り合点をしていたのだが、実は、ほうほう堂には街がよく似合う。 数年前、前橋の半ば廃墟と化したデパートで行われた「踊りに行くぜ」で、劇場ならぬその会場に観客を導くパフォーマンスをほうほう堂が担当した。あまり流行っているとは言い難いアーケード街に現れて、観客と野次馬を前に、走ったり踊ったり、佇んだり、少しくレトロな衣装のせいもあって、古びたショウウィンドーから、ちょっと不機嫌な愛らしい子どものマネキンが飛び出してきたかのようだった。アーケード街全体が奇妙なかわいらしさに塗り替えられて、観客はわくわくしながら建物の中に入っていく。以前は、劇場の入り口ではいつでもそんな感じだったなあ、と忘れていた感覚を思い出させる出来事だった。そのほうほう堂が、古い商業ビルで開催中のアートイベントでダンスを披露、と聞いて、前橋での邂逅を忘れがたく、雨模様の小金井まで出かけて行った。 初めに通されたのは、かつてはレストランであったという二階の店舗スペース。床には一面、落ち葉が厚く敷き詰められ、いくらか足元がふわふわする。大きな窓越しに見えるコンビニの明かりや道路を行き交う車が、なんだが他人事に思えるのは、落ち葉が携えた雑木林の香りのせいだろうか。正面のスクリーンには、舞台ならぬ空間を踊り巡るほうほう堂のふたりの姿が映し出される。すでにホームページで公開されているスポーツジムでの動画なのだが、落ち葉に浸食された室内で観ると、劇場であれ、どこであれ、機能の決まった建物に強いられる行儀の良さを挑発しているようにも思えてくる。 やがて、窓の外の風景がスクリーンに映し出される。向こうの歩道に現れたほうほう堂。歩行者について行ったり、走ったり、自販機で飲み物買ってシェアしたり・・・その様子、回線の通信速度の関係で、ほんの少し、リアルタイムより遅くなるのだが、観客は、窓とスクリーンと忙しなく視線を行き来させ楽しんでいた。二人が横断歩道を渡り、スクリーンから消え、後方の入り口から登場する。窓からスクリーンから飛び出して、等身大に戻ったほうほう堂を観客は拍手で迎える。挨拶代わり、ひと踊りしたほうほう堂に、さていよいよ、と身構えると、会場を移す旨が告げられ、二人はまた視界から消える。 降り出した雨を気にしながら、係りの方の案内で向かったのは、車道を挟んで斜め向いの市庁舎の中だった。時間外通用口を抜け、戸籍や婚姻の届け口を横目で見ながら、エレベーターで八階まで上がり、通されたのは展望ルームのような場所。奇妙なことには、窓に向かって座席が設えてあった。???と、ともかくも窓の外を覗くと、眼下に見えるやや背の低いビルの屋上に、ふたりの姿があった。こちら展望ルームのスピーカーからは、ちょっとなつかしい歌なども聞こえてくる。屋上全体を使って大きな文様を描くように踊ったり、繊細に関わりあったり。隣の芝生、という諺があるけれど、あんなキュートなニンフたちの舞う、向こうのビルはきっと楽園に違いない、と、窓ガラスに隔てられながら思わず身を乗り出してしまう。もとより届かない。しかし、そのもどかしさがむしろ快感で、いつの間にか一つひとつの動きに気分をコントロールされ始める。屋上にはもうひとり、挙動不審な黒ずくめの少年(実は女性でした。失礼。)がいて、スタッフだろうと推量しながら、ふたりのニンフの間にあって、あたふたとする姿が、なんだかぼく自身のアバターのようにも思えてきて、ますます遠景に取り込まれていく。同時に、あの建物のあるこの街自体が楽しげに思えてきて、眼下に広がる世界すべてが愛おしくなった。街おこしの一つの理想形を目の当たりにしている、とか、アートの解放とはこういうことだ、とか、いろいろ思いついては心高ぶるけれど、そんなことばをするりとすり抜け、ほうほう堂は踊り続ける。 ほんとにどうかしちゃうようなチャーミングな時間が終わり、ほうほう堂のふたりがこちらに大きく手を振る。「あのとき、ありがとう、って大声だしたの、聞こえました」って、そんなの絶対、無理じゃないの。だけど、観客もみんな同じ気持ちだったから、そのとき、展望ルームは拍手喝采に包まれたのでした。 街に出た、ほうほう堂。彼女たちは、越境し、誘惑する。次は、どこへ?